シンプルに
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行く先多く、夜もふけにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、
ここは一見なんてことのないように見えますが、なかなか訳しにくいところです。まずは、逐一確認してみましょう。
「行く先多く」は「行く先遠く」の誤りとするのが一般です。状況は姫君を盗んで逃げてきて、芥川までやってきて、というシチュエーションですからね。ここで宅配便じゃあるまいし、行く先が多くってもしょうがない。安住の地を求めて逃げているのですから、安住の地はまだまだ遠く、の意味で「行く先多く」は「行く先遠く」の誤りとするのがいいでしょう。もっとも、何でこうなったのかわからないので、本当にこれでいいのか、ちょっと不安ではありますがね。とりあえずここでは「行き先遠く」の誤としておきます。
「夜もふけにければ」は「夜も更けたので」ということ。「已然形+ば」に注意。
「鬼ある所とも知らで」は「鬼がいる所とも知らずに」ということ。主語がありませんけれど、芥川まで逃げてきたと行っているので、「この芥川の地は」が主語になるでしょうね。
「神さへいといみじう鳴り」は「さへ」は添加と言われています。「(それに加えて)~までも」と訳します。それほど難しくはないのですが、ちょこちょこテストで尋ねられるところですね。 旺文社全訳古語辞典から用例を紹介しましょう。
をとついも昨日も今日も見つれども明日さへ見まく欲しき君かも(万葉集6/1019)(おとといも昨日も今日もあったけれども、そのうえ明日も逢いたいあなただなあ)
似たような言葉に「だに」というのがあります。中世以降、「さへ」は「だに」と混同されていくのですが、それはまた別の項目でお話します。
「神」は雷のこと。「鳴り」でピンときてほしいですね。だって神様が「鳴る」わけないでしょ(笑)。
そうそう、ここの「いといみじう」は、テストで訳すときにはちょっと注意が必要です。「いと」と「いみじう」とありますので、訳すときには「とても」+「激しく」とでもしておかなければいけません。それを「激しく」しか書かなければ、意味的には大して変わりはないかもしれませんが、「いと」の訳し漏れとして減点されてしまいます。テストの現代語訳は「逐語訳」を基本として、あとは文脈にあわせて自然な日本語になるように心がけてください。
「雨もいたう降りければ」は「雨も強く降ったので」ということ。ここでも「已然形+ば」が登場しています。
「あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて」は、「あばらなる」は形容動詞です。「あばら」といえば「肋骨」を連想しますので名詞かな、とも思われますが、漢字でかけば「荒らなり」「疎らなり」となり、形容動詞であることは理解されるでしょう。荒れ果てて、物がなくて、がらんとしている様子のことです。
ちょうど、そういう蔵があったんでしょうね、「女を(蔵の)奥に押し入れ」たわけです。
ちなみにですね、この「がらんとした様子」が発展して、「まばらだ、手薄だ」の意味も発生します。ベネッセ古語辞典より用例を紹介しましょう。
高橋心はたけく思へども、後ろあばらになりければ、力及ばで引き退く(平家物語7篠原合戦)(高橋長綱は気を強く持っているが、背後(の味方の兵)がまばらになったので、戦力が足りず退却する)
後続の味方が「あばらに」なったので退却した。つまり、後続の味方の数が減ってしまって手薄になってしまったので退却した、というわけです。
また、「あばる(荒る)」という動詞もあります。「(家などが)荒れ果てる」ことであり、「暴れる」ことではありません。これもベネッセより用例を紹介しておきましょう。
女のひとり住む所は、いたくあばれて、築土〔ついひぢ〕なども全〔また〕からず……(枕草子178)(女が一人で住んでいる所は、ひどく荒れ果てて、土塀なども完全ではなくて……)
「女が一人で住んでいる所は、(乱暴な男がやってきて)ひどく暴れて、土塀なども(壊されてしまい)完全ではなくなり」と訳す人がいるかもしれませんね(笑)
さて以上を並べてみましょう。
「行く先遠く」「夜も更けたので」「鬼がいるところとも知らずに」「雷までもとても激しく鳴り」「雨も激しく降ったので」「隙間だらけの荒れ果てた蔵に女を奥に押し入れて」
となります。意味わかります?
安住の地まではまだまだ遠く、夜も更けたので、鬼がいる所ともしらずに、雷まで激しく鳴り、雨も激しく降ったので、 隙間だらけの荒れ果てた蔵に女を奥に押し入れて……
なんとなくはわかりますがね、それじゃ通用しないのです。もっとよく考えなければ。
片桐洋一先生が、面白いことを言っています。ここは文の構造がややこしいんですね。
(行く先多く、夜もふけにければ、)鬼ある所とも知らで、(神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、)女をば奥に押し入れて
括弧をつけてみましたが、要するに括弧の部分が追加みたいなものなんです。本来は「鬼ある所とも知らで、女を奥に押し入れて」だったんですが、これにそれぞれ理由をくっつけた。だから表現上「已然形+ば」が繰り返されることになった、というわけです。なるほどねぇ~。
この考え方に沿って、訳を組み立てなおすと、こうなりますかね。
安住の地まではまだまだ遠く、夜も更けたので、鬼がいる所ともしらずに、(それに)雷まで激しく鳴り、雨も激しく降ったので 隙間だらけの荒れ果てた蔵に女を奥に押し入れて……
中に「それに」を追加しただけです。ただそれだけ。でも、この一言を入れられるかどうかで、理解度を計ることができるわけです。
できるだけシンプルに、ということは、時として背景はおそろしく複雑にならざるを得ない、ということでもあるわけです。
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