芥川といふ河を率て行きければ、草の上に置きたりける露を、
「かれは何ぞ」
となむ男に問ひける。
今日は、いよいよ「ば」の話です。「ば」だけです。やっぱり話は進みません。
さてさて、「ば」についてです。古文を勉強する上で、ここは非常に重要です。
なぜ重要なのか、ですって?
現段階では、そのへんに頭を使うのはやめましょう。
重要なものは重要といいますので、「ああ、重要なのね」と思っといてください。
それでは。
「ば」が問題となるとき、それは必ず「ば」の前にある単語(用言)を含めて問題となります。
具体的に言うと、「ば」の前が「未然形」なのか「已然形」なのか、ということで、問題となるのです。
これ次第で、文の意味が変わってきます。
では「未然形」とは何か?「已然形」とは何か?
ここから話を始めましょう。
未然形、已然形とは活用の形ですね。普通はそこで終わるのかもしれませんが、この文字面をよく見てください。「未然」と「已然」と、形は似ていますよね。漢文が得意な人は、もうお分かりかもしれません。書き下し(訓読)してみましょう。
未然→未だ然らず(いまだ しからず)=まだ、そうじゃない
已然→已に然り(すでに しかり)=もうすでに、そうだ(そうなっている)
なんのことはない、未然と已然とは、「まだ」と「もう」という具合に、意味が正反対なんですね。
だから、未然形は「まだ」のニュアンスがあり、已然形には「もう」のニュアンスがあるわけです。
誰が「未然形」「已然形」と命名したのか知りませんが、よくできてますね。
前述のとおり、「ば」の用例は2種類あります。
ひとつは「未然形+ば」、もうひとつは「已然形+ば」です。
この2つは訳し方が違うのですが、どう違うかというと、「未然形+ば」は「まだ」のニュアンスをもっており、「已然形+ば」は「もう」のニュアンスを持っているのです。すなわち……
「未然形+ば」→(まだそうなってはいないんだけどさ)というのが前提にある
「已然形+ば」→(もうそうなっているんだけどさ)というのが前提にある
これが、「ば」の問題を考える上での、全ての根幹になります。
簡単な方からやりましょう。「未然形+ば」からですね。例文を見ながら説明しましょう。
先日アップした資料です。
①悪人のまねとて人を殺さば、悪人なり(徒然草85)
「ば」の前に「悪人のまねとて人を殺さ」とありますね。
ポイントになるのは、「ば」の直前、「人を殺さ」の部分。「殺さ」は四段動詞「殺す」の未然形。
未然形ですから「まだ」のニュアンスがあるはずですね。
つまり、「まだ殺してないけどさ」という意味。
これをもう少し発展させたのが、「未然形+ば」なんです。
つまり、「まだ殺してないけどさ、もし殺したとすればだよ、……」となるのが「未然形+ば」なんです。
もう少し突き詰めておくと、「まだそうなってはいないけどさ、もし、そうなったらだよ」というのが「未然形+ば」の訳し方で、こういう訳し方を「仮定条件」といいます。「仮定」とは「もし、そうならば」という言い方のことですね。
訳です。
→悪人のまねだといって人を殺すならば、(それは)悪人である。(数研出版「体系古典文法」)
あとは同じ要領ですね。
②宮仕へに出だし立てば、死ぬべし。(竹取物語)
「出だし立つ」という言い方が面倒ですが、ここでは「出す」の意味です。ですから「まだ宮仕えに出していないけどさ、もし出すとすればだよ」というニュアンスが前半部にあることになりますね。
→宮仕えに出すならば、死ぬつもりだ。(尚文出版「これからの古典文法」)
③折りとらば惜しげにもあるか桜花いざやど借りて散るまでは見ん(古今/春上)
「折りとらば」=「まだ折りとってはいないけど、もし折りとるとすればさ……」
→もし折取ったらいかにも惜しいなあ。桜の花をさあ宿をとって散るまでみよう。(文英堂「全解古語辞典」)
④都にあるならば、またうきめをもみむずらん(平家1・祇王)
ここでは主語が提示されていないので訳しにくいですが、主語は人です。
「都にあるならば」=「まだ都にいるわけではないが、もし都にいたら……」
→こうして都にいたら、またつらいめをもみるだろう(文英堂「全解古語辞典」)
おわかりでしょうか?
あとは例文と訳だけ出しておきますね。
⑤ただ今、行方なく飛び失せなば、いかが思ふべき(更級日記・大納言殿の姫君)
→たった今、(私が)行く先も知れず飛んでいなくなってしまったら、(あなたは)どう思うつもりなのか
ベネッセ「全訳古語辞典」
⑥道長が家より帝、后立ちたまふべきものならば、この矢当たれ(大鏡・道長上)
→(この私)道長の家から天皇や、皇后の位にお就きになる(人物が出る)はずのものであるならば、この矢が命中しろ(ベネッセ「全訳古語辞典」)
あしたは、ややこしい(=めんどくさい)「已然形+ば」を説明しましょう。
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