なかなか進みませんが、そんなものと思ってください。
まだまだしつこく考えます。
むかし、男ありけり。女の、え得(う)まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、辛うじて盗み出でて、いと暗きに来けり。芥川といふ河を率て行きければ、草の上に置きたりける露を、
「かれは何ぞ」
となむ男に問ひける。
今日、問題としたいのは、「年を経てよばひわたりけるを」の処理、この一点のみです。
これのどこが問題なのかというと、ここ、そのままでは本文中にすんなりとは収まってくれないんです。
やってみましょう。
女の、え得まじかりけるを→手に入れることができそうにもない女を
年を経てよばひわたりけるを→長年、求婚しつづけていた……?
そうなんです。この「を」が訳せないんです。
前半部の訳にある「女を」は「盗み」に関係します。英語でいうところの、V+Oですね。じゃ、次にでてくる「を」は何?
年を経てよばひわたりけるを……?
やはり「盗み」の目的語であることを示す「を」でしょう。
とすれば、この「を」を生かすとすれば、こうなりますね。
長年、求婚しつづけていた(その女)を〔盗み出でて……〕
(その女)を追加しなきゃいけない。そうすれば、すっきりする。でもそれっていいんでしょうか?
私はこの場合、(その女)を追加してもいい、あるいは追加しなければいけない、と考えています。
理由は同格の考え方にあります。
私は同格を「修飾ー被修飾の順番がひっくり返っている表現技法」と考えています。
ですから、同格の処理は、
「被修飾ー修飾」→「修飾ー被修飾」
となります(芥川②で説明したました)。
では、同格の修飾語部分が2つあったとすれば、どうでしょう。
女の(え得まじかりける)+(年を経てよばひわたりける)を
→女のえ得まじかりけりて、年を経てよばひわたりけるを
強引にくっつけてみました(笑)。
これなら単なる同格として、何の問題もありません。これならば、です。
でも、やはり修飾語が後にくる構造って、不自然なんです。
不自然なことをやっているんだから、そんなにきれいに、うまくいくはずがありません。
そのため、こうなった。
→女の、え得まじかりけるを、(そしてその「女の」)年を経てよばひわたりけるを
で、括弧の部分は省略される(同じ「女の」だから)。
→女の、え得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを
こうして、この不自然な表現は出来上がったのではないでしょうか。
苦しいですが、これなら辻褄はあうと思います。
以上はもちろん仮説です(芥川のこのフレーズだけで考えました)。
私のように考えるには、次の2点がポイントになります。
①同格は、修飾ー被修飾がひっくり返った、不自然な表現である
②共通の被修飾語を持つ場合、後のフレーズで被修飾語が省略されることがある
ややこしいですね。
以上に従い訳しておくと、こうなります。
①手に入りそうにない女を、(そして)長年、求婚し続けていた(その女)を、盗み……
→私はこれがいいと思っています
②手に入りそうにない(けれど)長年、求婚し続けていた女を、盗み……
→修飾語をひとまとめにしてみました。これはこれで悪くはないかもしれないですが、原文の「〜を〜を」の部分がうまく訳せていません。
③女で手に入りそうにないのを、(そして)長年、求婚し続けていた(その女)を、盗み……
→教科書にいわれている「で」を使って訳してみました。わかりにくいとおもうんだけどなぁ。
以上、訳しておきましたが、難点がひとつ。それはどの訳にせよ括弧がどうしてもついてしまう、ということです。原文が不自然なんだから、ある程度はしょうがないと思っていますが、先生によって解釈がブレル(括弧の使用に関して、あるいは同格の訳し方に関して)場合がありますので、試験に使う場合は事前に担当の先生に尋ねておいてください。
なお、受験の時は、括弧はアリ、同格の訳し方は③でやるのが無難でしょう。
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参考までに、いろんな先生方の訳を引用しておきます。
自分のものにできそうにもなかった女を、幾年も求婚し続けてきたのだが、やっとのことで盗み出して、
(筑摩の教員用ガイドブック)
女で手に入れることができなかった人を、数年にわたって求婚しつづけていたが、何とか盗み出して、
(内田美由紀)
わがものにすることができるはずもなかった女を、何年にもわたって求め続けていたのであったが、やっとのことで盗み出して(片桐洋一)
とうてい自分のものにはなれないと思われた女のところに、幾年も通って口説きつづけてきたが、ある晩、ようやく女を盗み出して、(中村真一郎)
それぞれの特徴が現れていて、面白いと思います(コメントは省略)。
では、今日はここまで。
※参考文献は、後日まとめて提示します
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